平成十六年末、肝臓ガンになりまして、四週間入院しました。術後は、さぞ痛かろうと思っていましたが、痛くないんです。痛みを感じないように微量麻酔をしてくれまして。痛みはないし、翌日から歩いてよいと言われたので、病院内を散歩をしたら、さすがに疲れました。どうやらトイレ程度なら歩いてよいと言うことだったらしく、病院の先生にも呆れられました。(笑)
 命は医者が救ってくれますが、治すのは本人です。周りの支えがあって、人は病気を治す力を持てるんです。私の入院中にも多くの人が見舞いにきてくれました。思いやりをもらえば、気持ちが晴れ、笑顔も戻ります。笑いの治癒力は医学的にも根拠がありますしね。だから、私はたくさんの人と話をします。そういう席のお酒は良薬。好きなお酒を飲みながらたくさん話をするんです。
 
子供たちとタケノコ掘り
(興正寺にて。左は東海ラジオアナウンサー・谷川明美さん)
 
 昔、仏教は、人間に関わることをすべてやっていました。薬草を栽培し病人に煎じて施して療病し、世話をし、心配事があれば、話を聞き、諭しました。寺の本堂は、人の心を創る場所だったのです。また弘法大師は橋を造り、道を開きました。仏教とはそうして起こり、広まったのです。しかし、文明とともにそれらは産業となり、仏教には、葬儀や死後の問題、亡くなった人を守るという仕事が残されたわけです。

 その頃は墓もなく、輪廻転生の信仰により山に葬られました。鳥が啄み、やがては地に還ったんです。死後の不安から極楽浄土が生まれ、即身成仏が生まれました。現代はというと少子化で子どもがいない、家を継いでくれない。いつの時代も人は死後の不安を抱えているんです。興正寺の圓照堂は、そんな理由から生まれたお堂です。永代供養を生前に受け付け、出会いと交流の縁を結ぶ「杜の響」の会を立ち上げ、その会員として、その人の行き方や生きがいづくりをお手伝いしています。

 老人ホームで身内が面会に来ない老人は、死後の居場所に困っています。「杜の響」は"行き合う"ための拠り所。みんなで集まって話をしたり、聞いたり、写経をしたりね。行き先を決めて納得したら、あとは人生を楽しむだけなんですよ。「杜の響」には仲間がいるからガヤガヤできるんです(笑)。晩年に生きてきてよかったと思える人は、いい葬式ができますよ。
 最近では、生前葬をする人も出てきました。生きているうちに親しい人を集めて自分の葬儀をするんです。だからたいてい賑やかで楽しい。葬儀というよりひとつの区切りなんですね。その場合、葬儀は盛大に済ませたから、本葬は家族だけでの密葬にされることが多いようです。カタチはどうであれ、自分で納得することが大切なんです。
 
 葬式は儀式ですが、それ以上に「人の繋がり」の意味合いが強い。なぜなら葬儀を境にその人には会えなくなります。昔の葬儀は、近所の人たちが集まって棺を運び、薪を組んで燃え切るまで見届けました。みんなで送ったんです。人の繋がりという「群れ」があった。だから亡くなって終わりでない。故人との関係も喪家との関係もずっと続いていくんです。それは会社であっても同じことです。社葬は事業をしてきた故人の功績を讃えるという意味合いが濃いものですが、会社も「群れ」のひとつ。人と人の繋がりによって存在しているのですから、社葬も会社の行事でなく、故人が会社に残した遺志を受け継いでいくためのものなんですね。
 
   私は農家の生まれで、十二歳のとき小僧として仏門に入りました。寺に生まれていませんから、つねに仏教の既成概念に疑問がありました。それがよかったのかもしれません。人間を教えることは学ぶことでもありますから。
 一方で、長年福祉関係の仕事にも長年従事してきました。現在でも大学で教鞭をとっています。福祉は、地域の仕事、社会教育、「人間が生きること」を考えるものです。生きることばっかりで、死ぬことを考えることがない時代です。
だから「命」を育てなくてはいけません。福祉を学ぶ学生たちにも、教室から外に出して、畑で土にまみれて種をまき、育てる経験をさせています。自分で命を育てる経験をしなければ、本当の尊さは分からないんです。自分も野菜も同じ。命をもらったのだから一生懸命生きなければならないんだけどね。

 葬儀は、故人を偲び、思いやるためのもの。亡くなった人を中心に繋がりを確認しながら、みんなで送るんです。だから単なる儀式ではない。故人をみんなで偲び、死を通して生きること、「命」を学ぶことなんです。私の葬儀は、関わった人が集まってくれて、そこでまた学んで欲しい、人間の根本を考え、私にたくさん語りかけて欲しいと思いますよ。ガヤガヤとお酒を飲みながらね。(笑)
 
 
   
All Rights Reserved,Copyright(C)2004.Tokai Tenrei corporation